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東京地方裁判所 昭和38年(行)88号 判決

原告 安立機械株式会社

右代表者代表取締役 渡辺綱吉

右訴訟代理人弁護士 下山四郎

同 牧瀬義博

被告 東京国税局長 安川七郎

被告 国

右代表者法務大臣 小林武治

右被告両名指定代理人 中村盛雄

〈ほか三名〉

主文

一  原告の被告東京国税局長に対する請求のうち、同被告が昭和三八年二月四日東局徴特一八号「差押賃貸料の還付請求上申に対する回答」をもってした不還付通知が違法であることの確認を求める部分は訴えを却下し、その余を棄却する。

二  原告の被告国に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

一  原告の申立て

「(一) 被告東京国税局長が原告に対し、昭和三八年二月四日東局徴特一八号「差押賃貸料の還付請求上申に対する回答」をもってした不還付通知が違法であることを確認する。

(二) 被告東京国税局長が原告に対し、昭和三八年六月二七日付東局徴特第一〇四号東協特第四四〇号異議申立決定書謄本の送付通知書添付の昭和三八年六月二四日付他三八第一〇号決定書をもってした異議申立却下決定は、これを取り消す。

(三) 被告国は、原告に対し金八二九、四四〇円およびこれに対する昭和三七年七月二八日から支払決定の日まで日歩二銭の割合による金員を支払え。

(四) 訴訟費用は、被告らの負担とする。」

との判決および(三)につき仮執行の宣言を求める。

二  被告らの申立て

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

第二原告の主張

(請求原因)

一  原告は、昭和三一年二月八日に訴外上野輝雄から同人所有の東京都江東区南砂町六丁目五八九番地の一家屋番号同町五八九番の一木造瓦葺平家建工場一棟建坪六三坪附属木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建便所一棟建坪五合(以下本件工場という。)および右工場内の工作機械等一四品目(以下「機械類」という。)を、期間を定めず、賃料は一日につき金九六〇円、毎月末日払いと定めて賃借したものと信じて右同日以降その占有使用を続けてきた。

二  被告東京国税局長は、右上野に対する納期を昭和三二年一月一七日とする昭和二八年分所得税本税金五、四二六、七八〇円、加算税金二、七〇三、五〇〇円および昭和二九年分所得税本税金五、五四七、二三〇円、加算税金二、七七三、〇〇〇円、この合計一六、四五〇、五一〇円の滞納国税の差押処分として、上野を納税義務者とし、原告を第三債務者として、昭和三二年一一月一五日付徴特第三、五七七号をもって、上野の原告に対する前記賃料債権を差押えたので、原告は昭和三二年一〇月一八日から昭和三五年二月二八日までの一日につき金九六〇円の割合による賃料八六四日分合計金八二九、四四〇円を納入した。

三  しかるに、上野は、原告に対し、東京地方裁判所昭和三五年(ワ)第二、七九五号建物明渡等請求事件をもって、前記工場の明渡しおよび機械類の引渡しを請求したので、原告は前記賃借権の存在を主張して争ったが、同裁判所は、原告主張の右賃借権の存在を認めないで、昭和三五年一二月二二日に、原告に対し、右工場を上野に明け渡し、かつ同人に機械類を引き渡すべきことを命ずる旨の判決をした。そこで原告はこれを不服として東京高等裁判所に控訴した(同裁判所昭和三五年(ネ)第二、九七五号)。

一方、原告は、訴外望月政義ほか一名から前記工場および機械類の占有を奪われたため、同人らに対し、東京地方裁判所昭和三五年(ワ)第九、九九三号で占有回収の訴えを提起していたところ、昭和三七年七月二八日、同事件について、原告および望月ほか一名と利害関係人として加わった前記上野との間に、

(一) 原告および望月ほか一名は、本件工場および機械類が上野の所有であることを認める

(二) 上野は、望月に対し本件工場および機械類の賃貸借契約を継続することを認める

(三) 原告は、昭和三二年一〇月一八日以降の本件工場および機械類の占有が不法占有であることを認め、上野は右不法占有による損害金の支払いを免除する

(四) 原告は、前記東京高等裁判所昭和三五年(ネ)第二、九七五号事件の控訴を取り下げる

ことなどを内容とする和解が成立し、原告は同日右控訴を取り下げた。

四1  かくて、前記賃料債権差押の当時、本件工場および機械類の賃借人は、望月であって原告ではなく、上野の原告に対する右賃料債権は存在しないことが確認されたため、被告東京国税局長が所得税滞納処分として、上野を納税義務者とし、原告を第三債務者としてした前記賃料債権の差押えは無効であることが確定した。それゆえ原告が前記賃貸借契約の有効に成立していることを信じて被告東京国税局長に対し、昭和三二年一〇月一八日から昭和三五年二月二八日に至るまで八六四日にわたり一日金九六〇円の割合で納入した前記金八二九、四四〇円は、法律上の原因なくして納入されたものといわざるを得ないこととなった。

2  さらにまた、上野は、静岡地方裁判所浜松支部昭和三二年(行)第六号をもって訴外浜松税務署長に対し、昭和三一年一二月一四日付で浜松税務署長が上野に対し昭和二八年度分所得金額を金一二、一一一、九一六円、所得税額を金五、九一四、七八五円、昭和二九年度分所得金額を金一〇、五三一、一一九円、所得税額を金六、一一四、五三〇円とそれぞれ更正したのは過大であるとして、その取消しを求め、滞納処分の基礎となった租税債務の全部または一部の不存在を主張しているのである。したがって上野において滞納処分を受けるような租税債務は存在しないものというべきであり、被告東京国税局長が上野に対する租税滞納処分として上野の原告に対する賃料債権を差し押え、かつ、これを原告から受領したのは、法律上の原因なくしてしたものといわねばならない。

五1  そこで、原告は、被告東京国税局長に対し、国税通則法施行令二一条の規定に基づき昭和三七年八月二二日付上申書および同年九月三日付上申書(追申)をもって、右過誤納金八二九、四四〇円の還付を請求したが、被告東京国税局長から昭和三八年二月四日東局徴特一八号「差押賃貸料の還付請求上申に対する回答」をもって原告に対し還付できないとの不還付通知を受けたので、原告は、さらに昭和三八年三月一日「差押賃貸料につき東京国税局長のなした処分に対する異議申立書」と題する書面をもって異議の申立てをしたところ、被告東京国税局長は、昭和三八年六月二七日付東局徴特第一〇四号東協特第四四〇号異議決定書謄本の送付通知書添付の昭和三八年六月二四日付他三八第一〇号決定書をもって右異議申立てを却下した。

2  しかしながら、被告東京国税局長が法令に基づく還付請求に対し、相当の期間内に過誤納金の還付をしないときは違法というべきであり、また、前記不還付通知が行政処分であることはいうまでもないから、これに対してなした異議申立てを行政処分でないことを理由として却下した同被告の決定も違法として取り消されなければならない。

六  よって、原告は、被告東京国税局長に対し、前記不還付通知が違法であることを確認する旨の判決および異議申立てを却下した決定を取り消す旨の判決を求めるとともに、被告国に対し、前記過誤納金八二九、四四〇円およびこれに対する前記和解成立の日である昭和三七年七月二八日から支払決定の日に至るまで日歩二銭の割合による還付加算金の支払を求める。

(反論)

被告らは、「賃貸料と賃料相当の損害金とは、その発生原因事実を同じくしているものであるから『賃貸料』と表示された債権差押えの効力は、当然右損害金に及ぶものである。」と主張するのであるが、賃貸料(賃料債権)は、賃貸借契約に基づいて発生し、その発生原因は契約という法律行為であるのに対し、賃料相当の損害金は不法行為によって生じ、法律上定められた要件を具備する場合法律上当然に発生するいわゆる法定債権であって、その発生原因を全く異にするものである。したがって被告東京国税局長の上野に対する滞納処分として、上野の原告に対する賃料相当の損害金を賃料債権と表示してした差押えは無効である。

なお、本件差押調書および通知書の被差押債権の表示は「賃貸料」となっており、また原告は、当時上野所有の本件工場および機械類につき賃借権を有するものと信じ望月らと抗争中であったから、その差押えにかかる賃料債権につき被告国への支払をしたのであり、もし右被差押債権の表示が賃料相当の損害金となっていたならば、原告は当然これを支払うはずはなかったのであるから、被告らの主張する「賃貸料」の表示をもって差し押えられた債権が賃料相当の損害金であるとみることもできない。

第三被告らの答弁

(認否)

一  請求原因第一、第二項の事実を認める。同第三項の事実は不知。同第四項1の主張を争う。同項2の事実中、上野が浜松税務署長に対し、原告主張のような更正処分取消訴訟を提起し、現在静岡地方裁判所浜松支部に係属中であることは認めるが、その余の主張は争う。同第五項の事実中、原告が被告東京国税局長に対し、昭和三七年八月二二日付上申書および同年九月三日付上申書(追申)をもって八二九、四四〇円の還付を請求したが、被告東京国税局長から昭和三八年二月四日東局徴特一八号「差押賃貸料の還付請求上申に対する回答」をもって還付できない旨の不還付通知を受けたこと、原告がさらに昭和三八年三月一日「差押賃貸料につき東京国税局長のなした処分に対する異議申立書」と題する書面をもって異議の申立てをしたところ、被告東京国税局長は、昭和三八年六月二七日付東局徴特第一〇四号東協特第四四〇号異議決定書謄本の送付通知書添付の昭和三八年六月二四日付他三八第一〇号決定書をもって右異議申立てを却下したことは認めるがその余の主張は争う。

(主張)

一  原告は、原告が本件被差押債権の弁済として被告国に支払った金員についてした還付請求に対し、被告東京国税局長がした回答を行政処分であるとし、その違法確認を求めるとともに、右回答に対する異議申立て却下決定の取消しを求めているが、過誤納の国税とは、租税債務が存在しないのに国税を納付したとき、あるいは、租税債務が存在していたが、その後課税の取消処分等により租税債務が消滅したときに発生するものである。ところが、滞納処分の被差押債権の第三債務者が、その債務の履行をすることは、私債務の弁済であって国税の納付ではない。したがってこの場合には過誤納の国税の発生する余地はない。そして、もし仮に当初から右被差押債権が不存在であったとすれば、第三債務者としては、差押処分の取消しをまたず直ちに国に対して私法上の不当利得として弁済金額の返還請求をなしうるものであって、国税にかかる過誤納金の還付請求の手続きによるべきものではない。したがって被差押債権の弁済をした第三債務者から過誤納金の還付請求がなされても、それは単なる私法上の不当利得の返還請求にすぎず、これに対してなされた還付できない旨の回答は事実上の行為であって行政処分ではないから、被告東京国税局長に対しその違法確認を求める訴えは不適法である。また、右のとおり被告東京国税局長のした回答は行政処分ではないのであるから、これに対し異議申立てが許されないことはいうまでもなく、したがってこれと同旨の理由により原告の異議申立てを却下した東京国税局長の決定にはなんら違法の点はない。

二1  上野は、原告に対し本件工場および機械類の賃料債権を有していた。すなわち、本件工場および機械類は、もと訴外合資会社望月鉄工所の所有であったが、同会社が上野から八八五、〇〇〇円の借入れをするとともにこれを担保に供していたところ、右借入金を返済できなかったので昭和二八年一月一四日成立した裁判上の和解に基づき同年一一月二四日代物弁済として上野に所有権を移転した。その後も望月鉄工所は、上野から本件工場および機械類を借り受け(賃料は日額九六〇円、その算定の根拠は前記借入金に対する日歩一〇銭の割合によるもの)、引続き使用してきたのであるが、その後経営に行きづまり、昭和三一年二月九日解散するに至った。原告は、望月鉄工所の債権者の一人であるが、同鉄工所の懇請によりその設備を代って使用して経営することになり、上野から本件工場および機械を、期限を定めず、賃料は前同様一日九六〇円の約で借り受け、同月八日から使用していたものである。原告が上野から本件工場および機械類を借り受けるについては、その要求により前借主の延滞賃料一五八、〇〇〇円を立替え支払い、また本件差押えのなされるまでの賃料すなわち昭和三二年一〇月一七日分までの賃料七五〇、九六〇円を原告振出の小切手で上野に支払っていたのである。したがって、本件賃料債権差押の当時、原告と上野間に本件工場および機械類について賃貸借契約が存在せず、原告は上野に対し賃料債務を負っていなかったとはいえないのである。

2  仮に本件賃料債権差押当時、原告と上野との間に賃貸借契約が存在せず、原告の占有が不法占有であったとしても、前記賃料債権差押は賃料相当の損害賠償債権に対する差押の効力をも有する。すなわち、本件債権差押えの調書および第三債務者である原告に対する通知書には、差押財産の表示として本件工場および機械類の賃貸料日額九六〇円の支払請求権と記載されている。債権差押調書および通知書の被差押債権の表示は、要するに、これにより被差押債権が特定され、滞納者および第三債務者がいかなる債権について差押えがなされ、取立てが禁止されたか、いかなる債権につき支払いの差止めがなされたかが了知せられれば足りるものである。「賃貸料」と表示した場合にも、その表示により、その指向する当事者間で、客観的に存在する債権が特定されうる限り、その債権の法的性質のいかんにかかわりないわけであり、「賃貸料」の表示から、仮に一応の法的性質に関する表示者の見解を推測しうるとしても、そのことのみにより直ちにこれと法的性質を異にすると判定される債権を表示しているものではないと断定すべきではない。この間の同一性については、表示債権と客観的に存在する債権とが発生原因事実を同じくしている場合には、これを肯定して差支えないものと考える。本件についていえば、仮に原告主張のとおり原告と上野との間に賃貸借契約が成立せず、したがって原告が本件工場および機械類の不法占有に伴う賃料相当の損害賠償債務を負っているにすぎないものとしても、賃貸料と賃料相当の損害金とはその発生原因事実を同じくしているものであるから「賃貸料」と表示してなされた債権差押の効力は当然右損害金に及ぶものである。

3  なお、上野が原告主張の静岡地方裁判所浜松支部に係属中の訴訟において主張している更正処分の違法事由は、次のとおりである。

(一) 昭和二八年分の収支について、上野が貸金業を経営するについて必要な支出として貸倒金四、九〇〇、〇〇〇円、支払利息四、三七六、二七七円、支払給料三、七二一、〇〇〇円、事件費八二〇、〇〇〇円と主張しているのに対し、浜松税務署長が貸倒金四〇〇、〇〇〇円、支払利息五〇八、〇八一円、支払給料二、六七六、〇〇〇円、事件費四三〇、〇〇〇円、と認定して更正処分をしたのは違法である。

(二) 昭和二九年分の収支について、上野は総収入利息二四、六四四、八七八円、支払利息四、一七三、六一三円、貸倒金一〇、五〇〇、六六九円、立退移転料六五〇、〇〇〇円、登記関係費用六二四、一九九円と主張しているのに対し、浜松税務署長は、総収入利息三三、八〇九、九七一円、支払利息五〇八、〇八一円、貸倒金六、三九七、一六九円、立退移転料二五〇、〇〇〇円、登記関係費用四四五、〇五〇円と認定して更正処分をしたのは違法である。

しかしながら、仮に前記更正処分が右のような各勘定科目の認定に誤りがあるため違法であるとしても、賦課処分の違法は、別個の処分である滞納処分にまで承継されるべきではないから、右各更正処分が当然無効でない限り、これに基づく本件滞納処分の効力に影響はないものであるところ、上野の主張する右のような事由をもってしては、仮にそれが正当であるとしても、前記更正処分に重大かつ明白な瑕疵があって当然に無効な処分であるということはできない。したがって、上野に対する前記滞納処分は違法とはいえない。

第四証拠関係≪省略≫

理由

一  原告の被告東京国税局長に対する請求について

被告東京国税局長が訴外上野輝雄に対する納期を昭和三二年一月一七日とする昭和二八年分所得税本税金五、四二六、七八〇円、加算税金二、七〇三、五〇〇円および昭和二九年分所得税本税金五、五四七、二三〇円、加算税金二、七七三、〇〇〇円、合計金一六、四五〇、五一〇円の滞納国税の差押処分として、右上野を納税義務者とし、原告を第三債務者として、昭和三二年一一月五日付徴特第三、五七七号をもって、右上野の原告に対する賃料債権を差押えたこと、原告が昭和三二年一月一八日から昭和三五年二月二八日までの一日につき金九六〇円の割合による賃料八六四日分合計八二九、四四〇円を納入したこと、原告が国税通則法施行令二一条(昭和四〇年政令第九九号による改正前)の規定に基づき昭和三七年八月二二日付上申書および同年九月三日付上申書(追申)をもって右の八二九、四四〇円の還付を請求したが、被告東京国税局長から昭和三八年二月四日東局徴特一八号「差押賃貸料の還付請求上申に対する回答」をもって還付できない旨の不還付通知を受けたこと、原告がさらに昭和三八年三月一日「差押賃貸料につき東京国税局長のなした処分に対する異議申立書」と題する書面をもって異議の申立てをしたところ、被告東京国税局長が昭和三八年六月二四日付決定書をもって右不還付通知が異議申立ての対象となる処分でないとの理由で、これを却下する旨の決定をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、原告は、右の不還付通知を行政処分であるとしてその違法確認を求めるとともに、これに対する右異議申立て却下決定の取消しを求めるのであるが、およそ、国税通則法の規定により、過誤納金として国税の還付請求できるのは、租税債務が存在しないのに国税を納付したとき、あるいは租税債務が存在していたが、その後課税処分の取消し等によって租税債務が消滅したときであって、滞納処分の被差押債権の第三債務者が被差押債権の存在しなかったことを理由として納入金の返還を求めるのは、私法上の不当利得の返還請求にすぎないものと解するのを相当とするから、右不還付通知は行政処分でないというべく、したがって、東京国税局長を被告としてする不還付通知が違法であることの確認を求める旨の抗告訴訟は不適法として却下を免れず、また、右不還付通知が行政処分でないことは上記のとおりであるから、これに対する異議申立てが許されないことはいうまでもなく、これと同旨の理由で原告の異議申立てを却下した前記異議申立て却下決定は違法でないというべく、したがって、これが取消しを求める原告の請求は棄却を免れない。

二  原告の被告国に対する請求について

1  原告は、前記賃料債権差押の当時、本件工場および機械類の賃借人は望月であって、原告ではなく、上野の原告に対する賃料債権は存在していなかったため、被告東京国税局長が上野を納税義務者とし、原告を第三債務者としてした前記賃料債権差押処分は無効であると主張するので、まず、この点を判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、前記上野は、原告に対し、東京地方裁判所に本件工場の明渡しおよび機械類の引渡しを請求し、原告は、その賃借権を主張して争ったが、同裁判所は右賃借権の存在を認めないで、昭和三五年一二月二二日、原告に対し、本件工場を上野に明け渡し、かつ、機械類を引き渡すべきことを命ずる判決をしたので、原告がこれを不服として東京高等裁判所に控訴したこと、一方、原告は、訴外望月政義ほか一名から本件工場および機械類の占有を奪われたため、同人らに対し、東京地方裁判所に占有回収の訴えを提起したところ、昭和三七年七月二八日原告および望月ほか一名と利害関係人として加わった上野との間に、原告主張のような条項による和解が成立するにいたったことをそれぞれ認めることができ、他に右認定を覆すに足る証拠はないので、これらの事実によれば、前記賃料債権差押の当時、本件工場および機械類の賃借人は望月であって原告ではなく、原告の占有は不法占有であったと認めるを相当とする。もっとも、≪証拠省略≫を総合すると、前記の望月は昭和二八年一一月ごろ、上野から本件工場および機械類を借り受けて鉄工業を営んでいたが、昭和三一年ごろにはその経営が行きづまり、同年二月ごろ原告会社から金融の援助を受けて原告会社の名で鉄工業を継続することとし、工場の正面にも原告会社名の看板を出して操業していたところ、昭和三二年一一月ごろ、東京国税局の係員が上野の国税滞納処分として上野所有の本件工場の機械類等を差押えるための調査に赴いたとき、望月は本件工場および機械類は原告会社が上野から賃借しているものであることを右係員に告げ、その結果本件差押がなされたものであり、そして、原告も上野に対する賃料債務ありと信じて、その後昭和三五年二月二八日までの賃料金八二九、四四〇円を被告東京国税局長に納入したものであり、また原告会社代表者は、その後も本件工場および機械類を上野から賃借してたものと信じて占有使用を続けてきたことが認められるが、これらの事実をもっては原告の上野に対する賃借権の存在を認めるに足りず、したがって上記の証拠は、前記認定の妨げとなるものではない。

そうだとすると、前記賃料債権差押の当時、上野と原告との間に本件工場および機械類に関する賃貸借契約が存在していなかったのであるから、それを存在するものとしてした被告東京国税局長の差押はその効力を生じないというべきである。この点につき、被告は、仮に前記賃料債権差押の当時、原告と上野との間に賃貸借契約が存在せず、原告の占有が不法占有であったとしても、前記賃料債権の差押は賃料相当の損害賠償債権に対する差押の効力を有する旨主張するが、賃料債権と賃料相当の損害賠償債権とは発生原因を異にし同一性があるものとはいえないから、原告が上野に対して賃料債務を負っていなかったこと前記のとおりである以上、賃料債権を差押える旨を表示してなされた本件差押は、本件工場および機械類の不法占有による賃料相当の損害賠償債権に対する差押としてその効力を有するものと解されず、被告の右主張は採用することができない。

(二)  さて、原告は、前記賃料債権差押処分は無効であるから前記賃料金八二九、四四〇円は国が法律上の原因なくして納入したものである旨主張するので、審究するに、前示のとおり前記賃料債権の差押はその効力を生じなかったのであるから、被告東京国税局長は右賃料債権の取立権を有しなかったと解すべきところ(国税徴収法六七条一項、同法附則二条)、前記賃料債権差押当時、原告が上野に対する賃料債務ありと信じてその後昭和三五年二月二八日までの賃料金八二九、四四〇円を被告東京国税局長に納入したことは前認定のとおりであるから、右納入は受領権限のない者に対してなされた弁済というべきであるが、しかし、これによって滞納者上野から、右差押に係る国税に係る徴収があったものとみなされる(同条三項)から、その利益を受けた限度において、右弁済はその効力を有するものと解するを相当とし、(民法四七九条)、右金八二九、四四〇円は、国が法律上の原因なくして納入したものとはいえない。したがって、原告の右主張は理由がない。

2  また、原告は、上野が国税滞納処分を受けるような租税債務を負担していないから、被告東京国税局長が上野に対する滞納処分として上野の原告に対する賃料債権を差し押え、かつこれを原告から受領したことは、法律上の原因を欠くことになると主張するが、上野が浜松税務署長に対し、原告主張のような更正処分取消訴訟を提起し、現在その訴訟が裁判所に係属中であることは原告の自陳するところであって、上野に右租税債務がないことが確定されたわけではないから、上野に右租税債務のないことを前提とする原告の右主張もまた理由がない。

三  結論

以上の次第であるから、原告の被告東京国税局長に対する請求のうち、不還付通知の違法確認を求める部分は訴えを却下し、その余の部分および原告の被告国に対する請求はいずれも、これを理由なしとして棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本良吉 裁判官 高林克已 裁判官仙田富士夫は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 杉本良吉)

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